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新年のあいさつと第5次日の丸君が代訴訟事件報告

  • 執筆者の写真: F I
    F I
  • 1月8日
  • 読了時間: 5分

第1 新年のご挨拶

 昨年も、瞬く間に一年という歳月が経過していました。依頼者の方が何に怒り、何に悩むのかを考え、感じ、寄り添いながら仕事をこなしていたら、また今年もあっという間に、一年が過ぎるのでしょう。

 昨年は、特に外国籍の方の事件に多く触れる機会がありました。労働環境を中心に人を人として扱っていない現在の我が国の実情に落胆と怒りを覚えていました。

劣悪な環境から逃げださざるを得ない多くの外国籍の方の実情を無視し、不法滞在者イコール犯罪者と安易に考えている人達も蔓延っています。この様な世情を追認するが如く安易に退去強制につながる判決を出してしまう裁判所に対しても怒りを感じてしまいます。

無配慮・無知からくる世情に、日本で暮らす外国籍の方の受ける理不尽な差別や恐怖は日に日に増しています。

 私にできることは一つ一つ事件や相談と向き合い、ともに理不尽と戦うことです。

また、今年も、弁護士として、初心である私自身としても何を許せないのか、社会の在り方が個人にとって理不尽となっていないかを考えながら、様々な理不尽と戦う人のために仕事に励んでいく所存です。


第2 第5次日の丸君が代訴訟(令和3年(行ウ)第130号懲戒処分取消請求事件)


 2025年7月31日に東京地方裁判所で言い渡された判決の内容は、減給処分は取消し、戒告は取消さないという従来の判例の基準を処分の重さでしか見ていないものであった。事実認定においても個々の原告の属性や対応はおよそ考慮された様子もなく、唯、結論に向けて主張をに対応するようような姿勢はおよそ見られなかった。


1 思想・良心の自由に対する判断の硬直性

本件の訴訟の核となっている思想・信条の自由に関する憲法19条に関する争点 

についても、従来の判例と全く異なることのない硬直的、かつ、何の事実関係の考慮もうかがわれないものであった。

 起立斉唱行為を儀礼的・慣例的所作とし、その行為自体から特定の思想・信仰を持つことを強制したり禁止したりするものではない間接的な制約であるとの理由である。

  シンボルに対して起立し、賛歌を斉唱する行為は、多くの人にとっては当たり前の行為であるとしても、宗教的行為の核心部分を外部に表明する行為である。仮に、起立斉唱という行為が世俗化しているというのであれば、それは当該宗教にとって、まさに理想的な布教が達成された状態にほかならない。

そもそも思想・良心の自由の概念は、歴史的に侵害されやすかった少数者の人権を保護するために創設されたものである。それにもかかわらず、多数派にとっての「当たり前」を少数者にまで強制することを安易に是認し続けている現状は、憲法における人権保障の基礎的理念を欠いた我が国の姿を示しているといわざるを得ない。  

5次訴訟では、職務命令で起立斉唱を求めることは、現代の「踏み絵」だと裁判所に対して訴えたが、その言葉の意味は、裁判官にはおよそ届かず、唯、職務命令に反した行為としか裁判官の目には映らなかったのであろう。思想良心の自由を踏みにじられて、反省を求められ数多の研修を科され、担任を外れざるを得なくなっていた実質的な損害や思想良心の自由、正に愛国心を持つか持たないか、それをどう表現するかを考慮したことが窺われる内容は判決文には記載されていなかった。


2 CEART勧告が無視されている実態

ILO/ユネスコ教員の地位勧告適用合同専門家委員会で起立斉唱行為の強制に対

し、人権侵害である旨の度重なる勧告が出ていることに対してもまるで考慮はされなかった。唯、考慮する必要がないとの趣旨の一文が記載されているのみであった。国際社会の実情に裁判所がおよそ向き合わず、硬直的な判断をし続けていることが、我が国が如何に先進国と比して人権というものを如何に軽視し、裁判所も追随してしまっているのかの現れである。


3 杜撰な懲戒手続の放任

さらに、手続の面でも、本件では、取り消された減給処分に対しあえて戒告

処分を出しなおすということがされていた。その処分理由書に記載されている内容は、減給処分の時のものとまるで変わらない記載である。

 記載内容が同じなのに減給と戒告といった別の処分がなされ、あまつさえ、なお書きで不服申立てが実際に行われたから支障はなかったとしか読めない趣旨の文言を裁判所が書く始末である。不服申立てが十全に行えたことと不服申立てが形式的に行えたことを混同し、事実認定ですら結論ありきで、裁判所が墨守しがちな従来の手続に関する判例の趣旨すら没却していることに大きな失望と情けなさを覚えるものであった。


4 原告に尋問の空虚さを感じさせる裁判所の運用

本件の裁判は約2年間のなかで裁判長が数か月で交代していくことが続き、結

審前の尋問期日後に裁判長が最高裁付から転属となった裁判長に交代となり、結審期日が延期された上、尋問を直接聞くことのなかった裁判官が判決書きを書くこととなった。さらに、その裁判長さえ判決期日には交代となっており、判決の読み上げは交代となった裁判長の代読であった。

  本来、裁判は、民事裁判であっても当事者の主張を直接聞いた裁判官が判断してこそ、その公正さや国民の信頼が担保されるのが原則である。実務上、裁判官の交代があるにせよ、本件のような歪な人事異動を行っている裁判所に人権の砦としての機能を担保する気概は感じられず、失望した原告の方たちの声を聴くことは辛いものであった。


5 結びに

本件は、控訴審に舞台を移し来年度も戦っていくことになります。現在、自国

の国旗棄損罪制定の動きが持ち上がる等、国旗国歌法制定当初危惧されていた国威発揚の道具として再び国旗国歌が使われる歴史の再現がされるという世情への危惧は高まるばかりです。この訴訟がそのような観点からも重要な政策形成訴訟でもあることを胸に戦ってまいりますので引き続き関心をもっていただければと思います。

 
 
 

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